この記事の要約
- 2026年、CATLがナトリウムイオン電池「Naxtra」の量産を開始。長安汽車 Nevo A06が量産搭載乗用EVとして登場予定
- セルレベルで175Wh/kgのエネルギー密度、-40度Cでも公称容量の約90%を維持。寒冷地性能と安全性に強みがある一方、航続距離ではリチウム系に及ばない
- リチウムイオン電池を置き換えるのではなく補完する技術。小型EV・商用車・蓄電池から実用化が進み、市場の一角を担う可能性がある
リチウムの限界が見え始めた2026年、ナトリウムが動き出す
2026年4月21日、北京。世界最大の車載電池メーカーCATLが「Super Tech Day」の壇上で発表したのは、ナトリウムイオン電池「Naxtra」を2026年第4四半期から量産デリバリーするという計画でした。Naxtraブランド自体は2025年4月のTech Dayで初お披露目されていましたが、今回はいよいよ量産の宣言です。
ナトリウムイオン電池という言葉自体は、ここ数年で少しずつ業界に浸透してきました。ただ「実際にクルマに載せて、お客さんに届ける」となると次元が違います。
その一歩を踏み出したのが2026年2月5日。長安汽車とCATLが、内モンゴル自治区の牙克石(ヤクシ)で「Changan Nevo A06」を披露しました。量産ナトリウムイオン電池を搭載した乗用EVとして、2026年中頃の発売が予定されています。
タイミングには理由があります。S&P Globalによると、リチウム炭酸塩の価格は2025年夏に5年ぶりの安値をつけた後、反発に転じました。2026年初頭には2025年の安値から倍以上に戻したと、複数の市場データが示しています。
技術面にも天井が見えてきました。CATLの首席科学者Wu Kai氏は、LFP(リン酸鉄リチウム)電池が理論的なエネルギー密度の限界に近づいているとTech Dayで言及しています。コストも技術も、リチウム一本足ではきつくなってきた。そんなタイミングで、ナトリウムが研究室の外に出てきたわけです。
出典: Electrek / CATL公式 / Reuters

ナトリウムイオン電池の仕組み ── リチウムとの決定的な違い
原理はリチウムイオン電池とほぼ同じ。正極と負極の間をイオンが往復して充放電する「ロッキングチェア構造」です。違うのは、イオンの種類。リチウムがナトリウムに替わる。それだけなのに、特性がかなり変わります。
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大きなメリットは、資源面の安心感。ナトリウムは食塩の主成分で、海水にも含まれています。地殻中の存在量はリチウムと比べて桁違い ── 約1,000倍ともいわれます(リチウム約20ppmに対しナトリウム約23,600ppm)。
さらに正極材としてプルシアンブルー類縁体やポリアニオン系を選べばコバルトもニッケルも使わない構成にできるため、「あの国から調達できなくなったら終わり」というリスクを減らせる可能性がある。ただしIEAも指摘する通り、現在商業化に近い層状酸化物系セルの多くはニッケルやマンガンを使っており、「重要鉱物フリー」と単純化するのは正確ではありません。
もう一つ見逃せないのが、寒さに強いこと。IEAが2026年2月に公開したコメンタリーでは、最新世代のナトリウムイオン電池が-40度Cで公称容量の約90%を維持できると報告されています。LFP電池は寒冷地で出力が落ちやすいことがよく知られていますが、ナトリウムイオンはその弱点をちょうど補える位置にあります。
安全面でも特徴があって、完全放電状態(0V)で輸送できます。リチウムイオン電池では充電状態の管理が輸送時に求められますが、その制約が緩和される。地味だけど、物流の現場ではありがたい話です。
率直に向き合うべき課題
一方で弱点もはっきりしています。最大の壁はエネルギー密度。現状トップのCATL Naxtraでセルあたり約175Wh/kg。LFPの最新世代は最大205Wh/kg、NMC系は最大255Wh/kgですから、差がある。
実際の航続距離でいうと、IEAの分析では、ナトリウムイオン電池を積んだ平均的なSUVで最大350km程度。リチウムイオン系だと400~600km。長距離を走りたい人にとっては、まだ物足りない数字です。
サイクル寿命はCATLが10,000サイクル超を公称していますが、これは量産車での長期実績で裏づけられたものではありません。量産の歴史そのものが浅く、5年後、10年後にどうなるかは正直わかりません。
出典: IEA Commentary (2026/02/17) / CATL Naxtra公式
CATLの「Naxtra」── 100億元を投じた10年越しのプロジェクト
CATLがナトリウムイオン電池の研究を始めたのは2016年。そこから約10年間、投じた研究開発費は約100億元(約2,000億円相当)にのぼるとのこと。中国メディアNBDの報道をCarNewsChinaが引用しています。テスト用セル約30万個、研究チーム300人以上(博士号取得者20人以上)という規模感は、この技術に対するCATLの本気度を物語っています。
Tech Dayで発表された「Naxtra」の公称スペックは、セルレベルのエネルギー密度175Wh/kg。CATLはこれをナトリウムイオン電池として世界最高水準だとしています。動作温度は-40度Cから+70度C。サイクル寿命は10,000サイクル超。
量産にこぎつけるまでにCATLが克服した技術課題は4つあるそうです。極端な水分制御、ハードカーボン(負極材料)のガス発生抑制、アルミ箔の接着、そして「セルフフォーミングアノード(自己形成負極)」と呼ばれる新技術。最後のセルフフォーミングアノードは、充電時にアルミ集電体上にナトリウムが直接析出する構造で、従来のハードカーボン負極を薄くすることで密度向上に寄与しているとのこと。この部分は正直、かなりマニアックな領域なので、実際の量産品でどれだけ安定するかは今後の検証待ちです。
最初に載るクルマはどれか
Naxtra第一号は、長安汽車のNevo A06。45kWhのバッテリーパックで、CLTC基準400km超の航続距離が見込まれています。エントリー価格帯のセダンで、2026年中頃の発売予定。
次に名前が挙がるのが広汽集団(GAC)の「Aion UT Super」。CATLとJD.com(京東商城)、GACの3社による共同モデルで、99秒のバッテリースワップに対応するChoco-Swap方式が特徴です。2026年にNaxtraのナトリウムイオン電池バリアントが登場する見通しだと、CATLのGao Huan CTOが述べています。
すでに動いている領域もあります。軽商用車向けの「Tectrans II」は2026年1月に発表され、出荷が始まっています。45kWhのナトリウムイオン電池パックを搭載した、寒冷地の小型バン・ミニトラック向けソリューションです。
将来的には、サプライチェーンが成熟した段階で純電動車600km、レンジエクステンダー車300~400kmの航続距離を目指すとCATLは表明しています。Robin Zeng会長は、ナトリウムイオンが既存電池市場の相当部分を担う可能性に言及しました。一部報道では「30~40%」という数字が引用されていますが、場面によって異なる数字も出ているため、あくまでCATLトップの将来見通しとして受け止めるのが妥当です。
出典: CarNewsChina / CATL Aion UT Super発表 / CNevPost

CATL以外のプレイヤー ── そして米国スタートアップの挫折
ナトリウムイオン電池を手がけるのはCATLだけではありません。ただ、各社の進み具合にはかなりの温度差があります。
HiNa Battery(中科海鈉)は中国科学院からのスピンオフで、低速EVや商用トラック向けにナトリウムイオン電池の量産をすでに進めています。同社GMの李樹軍氏は、2027~2028年にはナトリウムイオンのコストがリチウムイオンと同等になるとの見通しを示しています。これが実現するかは量産規模次第ですが、現場に近い人物の感覚として興味深い発言です。
JMEV(江鈴新能源)はもう少し先に動いていました。Farasis Energyのナトリウムイオン電池を搭載したEV3を2023年末に生産開始し、2024年から市場投入。CLTC 251km、A00クラスの小型EVです。世界で初めてナトリウムイオン電池が量産車にオプション搭載された初期事例のひとつですが、生産規模はごく限定的です。
四輪だけではなく二輪にも広がっています。世界最大の電動二輪メーカーYadeaは、2025年のEICMA(ミラノモーターサイクルショー)で「Polar Sodium 1」バッテリーを発表。航続距離100km超、1,500サイクルの寿命をうたっています。
英国のFaradionは2022年にインドのReliance Industriesグループ(Reliance New Energy)に買収されました。開発は続いていますが、中国勢との規模の差は大きい。
Natron Energyが消えた理由
一方で、うまくいかなかったケースもあります。米国のNatron Energyは、2025年9月に事業停止・清算に追い込まれました。14億ドル規模で計画していたノースカロライナの工場も白紙に。
TechCrunchの報道によると、UL認証の取得に時間がかかる間に資金が底をつき、投資家は追加出資に応じなかった。背景には、中国でLFP電池の価格が急落したことで、ナトリウムイオンのコスト優位性が想定ほど際立たなくなったという事情もあります。
やや先行して、スウェーデンのNorthvoltも2024年11月に米国でチャプター11、2025年3月にスウェーデン本国で破産申請しました。アジア圏外でバッテリー事業を軌道に乗せることが、いかに難しいかを改めて突きつけた出来事でした。
出典: TechCrunch / MIT Technology Review / HiNa Battery公式
リチウムとの住み分け ── 「共存」という地味だけど重要な現実
「ナトリウムがリチウムを駆逐する」と書いたらキャッチーです。でも、そうはならないと私は思っています。少なくとも、当面は。
IEAは2026年2月のコメンタリーで、ナトリウムイオン電池の商業化は進んでいるとしつつも、最適化されたLFPがエネルギー密度・サプライチェーン成熟度・コストで依然優位だと分析しています。
コストを見てみましょう。Wood Mackenzieの推計として複数メディアで引用されている数字では、ナトリウムイオン電池の平均セルコストは約59ドル/kWh、LFPは約52ドル/kWh ── つまり今のところナトリウムのほうがまだ高い、とされています(一次資料は有料レポートのため、引用元によって数字や時点に揺れがあります)。Wood Mackenzieはナトリウムイオンとリチウムイオンのセル単価が同等に近づくのは2030年代半ば頃と見ており、HiNa Batteryのような中国勢はもっと早い「2027~2028年」を見込むなど、見立てには温度差があります。
パックレベルの全体像でいえば、BloombergNEFの2025年調査でリチウムイオン電池パック世界平均が108ドル/kWh、セル単体で79ドル/kWh、定置型ストレージは70ドル/kWhまで下落しました。中国市場のパック平均は世界平均よりさらに低い水準です。※2025年時点のデータで、今後変動します。
ではナトリウムイオンはどこで輝くのか。小型EV(中国で10万元=約200万円以下の価格帯)、低速EV、電動二輪、定置型蓄電池、寒冷地での利用。コスト最優先の軽商用車も候補です。
中~大型EVのメインストリームではLFPが引き続き主役。高性能EVや長距離用途にはNMC/NCA系。将来的にはトヨタなどが開発を進める全固体電池も控えています。「リチウム vs ナトリウム」という対立構造ではなく、用途ごとに最適な電池を選ぶ「マルチケミストリー時代」に入りつつあるというのが、より正確な見方です。
とはいえ、リチウム価格の動きひとつで景色は変わります。IEAも、リチウムの高騰かナトリウムイオンの密度向上のどちらかが実現すれば、より対等な競争になると述べています。2025年後半から2026年にかけてリチウム価格は反発基調にあり、ナトリウムイオンの存在感が増す土壌は整いつつあるのかもしれません。
出典: IEA Commentary / Wood Mackenzie / BloombergNEF
日本への波及 ── 関係してくるのはいつか
ここまでの話、ほとんど中国の出来事です。「自分には関係ないかな」と感じるかもしれません。
実際、IEAのデータによれば、2030年時点の発表済みナトリウムイオン電池の製造キャパシティは95%以上が中国に集中しています。LG Energy Solutionがパイロットラインを立ち上げた場所も、韓国ではなく中国・南京でした。それほど中国のエコシステムが先行しています。
ただ、日本と無縁かといえばそうではありません。CATLはトヨタに対して車両用電池の供給で協業関係にあり(”包括的提携”と公式に明文化されているわけではないものの、複数車種で取引実績があります)、CATLの技術が日本メーカーの車両に搭載される道筋は、もう存在しているとも言えます。
日本市場で最初に恩恵が届くのは、軽EVや家庭用蓄電池の分野ではないかとも考えさせられます。2026年1月のジャパンキャンピングカーショーでは、ナトリウムイオン電池を使ったキャンピングカー向けバッテリーが出展されたとレスポンスが報じています。北海道や東北のように冬場の寒さが厳しい地域では、寒冷地性能の高いナトリウムイオン電池に対する関心は自然と高まるのではないでしょうか。
エネルギー安全保障の観点も無視できません。日本はリチウムの大半を輸入に依存しています。リチウムを使わない電池技術が商業レベルに到達したことは、エネルギー調達の選択肢を広げるという意味で、日本の産業政策にも関わるテーマです。
出典: Toyota公式 / レスポンス (2026/01/29)

まとめ ── 2026年は「元年」になるか
2026年は、ナトリウムイオン電池が研究室から公道へ出る最初の年です。MIT Technology Reviewが2026年の「10大ブレークスルー技術」に選出したことが、この技術への注目度を象徴しています。
ただ、盛り上がりすぎるのは危険です。現時点ではリチウムイオン電池の代替ではなく、特定の用途で補完する技術。エネルギー密度の壁、長期寿命の実績不足、量産品質の未知数。こうした課題にきちんと向き合ったうえで、どこまで伸びるかを見極める段階です。
それでも、多額の投資をしたCATLの動きは軽くありません。長安Nevo A06が実際にユーザーの手に届いたとき、寒冷地での実走レビューがどう出るか。175Wh/kgの先にどれだけ密度が上がるか。リチウム価格がこの先どう推移するか。見どころは多い。
EVの電池がリチウム一択ではなくなる。そんな時代の入り口に、私たちは立っているのかもしれません。
この記事は執筆時点で得られた情報に基づいています。内容は正確性に配慮していますが、正確性を保証するものではありません。実際の最新の情報は別途ご自身でご確認ください。
