「いよいよ来た」——CES 2026が証明した全固体電池の夜明け

「EVは冬に弱い」「充電に時間がかかりすぎる」「航続距離がどうしても不安」——そんな声が、EVを検討しながらも踏み出せない人たちの背中を、ずっと引っ張り続けてきた。

ところが2026年1月、ラスベガスで開かれた世界最大級のテクノロジー見本市「CES 2026」では、そうした不満をまるごと解消するかもしれない技術が、次々と表舞台に現れた。その主役が全固体電池だ。

正極・負極・電解質のすべてを固体で構成する次世代電池は、長年「EVを変える本命」として研究されてきた。それが今、実験室の構想から本格的な開発競争へと姿を変えつつある。国内外のメーカーが一斉に動き出した2026年の最前線を、一次ソースに徹底的に寄り添いながら追う。


そもそも全固体電池、何がそんなにすごいのか

全固体電池の話をするには、まず現行の「液系リチウムイオン電池」が何に苦しんでいるかを理解しておく必要がある。

現在のEVに積まれているリチウムイオン電池は、電解質に可燃性の有機溶媒を含んだ液体を使っている。これが事故による物理的な破損や過充電のような異常が起きると、内部でガスが発生して発火につながるリスクをはらんでいる。EVの火災事故がニュースになるたびに不安を感じた人は、この構造的な弱点と向き合っていることになる。

エネルギー密度という点でも、液系電池はすでに技術的な成熟が進んでおり、大幅な向上余地が限られてきた。航続距離を伸ばすためにバッテリーを増やせば、それだけ車体が重くなり電費が悪化するというジレンマは、なかなか根本から解決されない。

さらに、冬場の冷え込んだ朝に「なぜかバッテリー残量が少ない」と感じるあの現象——これは電解液の粘性が低温で上がり、イオンの動きが鈍くなるためだ。急速充電時の発熱問題も同様で、高出力充電を繰り返すと電極の劣化やリチウムの析出が進み、電池の寿命を縮める原因になる。複雑な冷却システムが必要になることも、車両コストと重量を押し上げている。

対する全固体電池は、電解質が固体であるがゆえに発火リスクが大幅に低い。高性能な正極材・負極材の組み合わせによってより高いエネルギー密度も狙える。急速充電への対応や、低温環境での安定したパフォーマンスも液系電池より優れているとされている。

ただし、全固体電池にも乗り越えるべき壁がある。硫化物系の固体電解質はイオン伝導性が高くEV向けとして本命視されているが、水分と反応すると有毒な硫化水素が発生するため、製造環境の管理が非常にシビアだ。酸化物系は安定性に優れ、すでに小型電子機器やIoT機器で採用が広がっているものの、イオン伝導度の低さと電極との密着の難しさという課題を抱えている。量産コストの低減も、業界全体が頭を悩ませているテーマだ。

「安全で、容量が大きく、充電が早く、寒さに強い」——その理想を実現する電池だからこそ、世界中の研究者とエンジニアがこの10年以上、寝食を忘れて取り組んできた。

参考:MONOist「どうなるEV向け全固体電池材料、2026年のキーワードは製造」


CES 2026で世界を驚かせた2つの発表

ProLogium × FEV:航続1,000kmを射程に入れた「本物」の重み

CES 2026のフロアで最も注目を集めた全固体電池の展示は、台湾のプロロジウムテクノロジー(ProLogium Technology)とドイツのFEVグループが共同で行った、次世代全固体電池モジュールの世界初公開だ。

このモジュールのコアに採用されたのは、ProLogiumが独自開発した「超流動化全無機固体リチウムセラミックバッテリー技術」。エネルギー密度は最大860Wh/Lという高密度を達成しており、このシステムを搭載した車両では航続距離約1,000kmの実現を目指している。急速充電については、「適切なシステム設計と充電戦略のもとで、4〜6分で60〜80%の充電が可能」という見通しも示された。

FEVが担う役割は、バッテリーシステムの設計から熱管理、バッテリー管理システムの制御戦略統合まで。ProLogiumのセル技術とFEVのエンジニアリング実装が組み合わさることで、「ラボの成果を量産に持っていける」という現実的な道筋が見えてくる。

ProLogiumはすでに台湾・桃園のギガファクトリーを2024年に稼働させており、これまでに60万個以上のバッテリーセルを出荷済み(CES 2026時点)だという。さらにフランス・ダンケルクにも海外初のギガファクトリー建設を計画中で、2026年に着工し、2028年のGen4量産開始(0.8GWh)、2030年に4GWhでのフル稼働を目標としている。

なお日本との接点では、九州電力・正興電機製作所がProLogiumのセルを活用し、北九州でモジュール化と量産化の拠点を立ち上げる協業が進んでいる(主に産業用機械・定置用蓄電池向け)。

参考:ProLogium公式「CES 2026 20周年発表」 / FEV Group公式「ProLogium and FEV at CES 2026」

Donut Lab:「5分でフル充電」の衝撃と、それに伴う疑問

もう一方の主役は、フィンランドの新興企業Donut Labだ。CES 2026で発表したのは、エネルギー密度400Wh/kg、充電時間わずか5分、サイクル寿命10万回という驚異的な性能を謳う全固体電池。「希少元素やセンシティブな資源に依存しない材料のみで構成している」とも主張している。電動バイクメーカー・Verge Motorcyclesの現行ラインナップ「Verge TS ProおよびUltra」への搭載を発表し、2026年Q1中の第一便納車を表明した。

スペックだけ見れば、まさに全固体電池の”完全版”。だが、これほど鮮烈なデビューには当然ながら懐疑的な視線も集まった。業界内からは「早すぎるエイプリルフール」という皮肉まじりの声が出たほどで、第三者機関による性能認証がないことが根拠として挙げられている。

実際にこれらのスペックが本物かどうかは、市場に出た車両が第三者によって分解・検証される時点で初めて明らかになる。電動バイクが公道を走りはじめている今、その答えが見えてくる日も遠くない。楽観も悲観もせず、事実を待つ——それが正しい姿勢かもしれない。

参考:Donut Lab公式「CES Battery Announcement」 / EE Times Japan「DONUT LABが量産車向け全固体電池を公開 年間1GWh規模で生産へ」


日本メーカーの開発競争、それぞれの戦略

世界が全固体電池に熱い視線を向ける中で、日本の自動車メーカーはずいぶん前から、地道に積み上げてきた。日産・ホンダ・トヨタの3社はそれぞれ異なる戦略で、同じゴールに向けて走っている。

日産:リチウム金属負極を武器に、2028年度を目指す

日産が掲げる目標は、2028年度の全固体電池搭載EV市場投入だ。2025年1月より、横浜工場(神奈川県横浜市)内のパイロットラインの稼働を開始し、実際の量産に近い環境での製造プロセス検証を重ねている。

日産の電池設計で最も特徴的なのは、負極材としてリチウム金属を採用している点だ。従来のグラファイト負極と比べてより多くのリチウムイオンを蓄えられるため、エネルギー密度の向上に直結する。「くぎ刺し試験でも燃えない」という安全性もすでに確認済みとのことで、高性能と安全の両立という全固体電池の理想に着実に近づいている。

製造コストと環境負荷の低減を目指した取り組みも動き出した。2025年8月に米国のLiCAP Technologies社との提携を発表。LiCAPが保有する独自の「ドライ電極プロセス技術」を活用することで、有機溶剤の乾燥・回収が不要となり、製造工程の環境負荷とコストを同時に下げることを目指している。

参考:日産グローバルニュースルーム「LiCAP社との提携発表」

ホンダ:ロールプレスという「量産への哲学」

ホンダは2025年1月、本田技術研究所の栃木さくら拠点(栃木県さくら市)に全固体電池のパイロットラインを稼働させた。延べ床面積は約2.7万m²という本格的な規模で、原料の秤量・混練から電極塗工、セル組み立て、化成、モジュール組み立てまで、量産に必要な全工程が再現されている。

ホンダの開発で目を引くのは、製造方法へのこだわりだ。固体電解質層の緻密化と連続加工に対応したロールプレス方式を採用し、電極界面の密着性と生産効率の両立を図っている。これは、従来の液系リチウムイオン電池の製造プロセスとの技術的な継続性を意識した選択でもある。

「いい電池を作る」だけでなく、「安く量産できる電池を作る」という視点。スケール感のある量産メーカーとしての思想が、このアプローチから透けて見える気がする。目標は2020年代後半の電動車搭載で、既存の生産インフラを活かしながらスムーズに量産移行できる可能性も、強みのひとつだ。

参考:MONOist「ホンダの強みはロールプレス方式」

トヨタ:特許950件の本命、国内サプライチェーンを着々と整備

全固体電池に関する特許の保有件数が2024年時点で国内トップの950件(特許庁「令和5年度 特許出願技術動向調査報告書」に基づく)——その数字が示すように、トヨタは長年この技術に最も深く投資してきたメーカーだ。

目標は明確で、全固体電池搭載EVで航続距離約1,200km、残量10〜80%の充電を10分以内に。そして2027〜2028年の市場投入を目指している。

このスケジュールを支えるのが、国内サプライチェーンの整備という戦略だ。出光興産とは2023年から硫化物系固体電解質の量産に向けた協業を進め、千葉事業所(千葉県市原市)には硫化リチウム(Li2S)の大型製造装置の建設が決定、2027年6月の完成を目指している。この装置単体で年間1,000トンの硫化リチウムを生産でき、EVに換算すると約5〜6万台分の全固体電池に相当する量だという。さらに2025年10月には住友金属鉱山とも全固体電池用正極材の量産に向けた共同開発契約を締結。電解質から正極材まで、国内で完結する垂直統合に近いバリューチェーンが着々と形成されつつある。

参考:トヨタグローバルニュースルーム「住友金属鉱山との正極材協業」 / MONOist「トヨタは材料の国内供給網を構築」


液系リチウムイオン電池との決定的な違い

「全固体電池は液系より優れている」と言われるが、どこがどう違うのか、改めて整理しておきたい。

発火リスクについては、液系電池の電解液に含まれる有機溶媒の可燃性が根本的な問題だ。物理的な破損や過充電で発生したガスが着火すれば大きな火災につながりうる。固体電解質にはそのような可燃性がないため、リスクの水準が根本から異なる。

エネルギー密度は、液系電池がすでに技術的な成熟に近づき向上余地が限られているのに対し、全固体電池はより高性能な電極材料との組み合わせによってさらなる高容量化が見込める。航続距離への直接的な貢献が期待されている。

急速充電については、液系電池では高出力充電を繰り返すほど電極の劣化とリチウム析出が進む問題がある。全固体電池は熱発生を抑えた状態での高速充電に対応しやすいとされているが、その性能はシステム設計にも大きく依存する。

低温性能も重要な差異だ。冬場に現行EVの航続距離が落ちるのは、電解液の粘性上昇によるイオン移動の鈍化が原因。固体電解質はこの影響を受けにくく、北国や山岳地帯でのEV利用にも貢献が期待できる。

もちろん、全固体電池が課題を完全に解決しているわけではない。硫化物系は製造時の水分管理が非常に難しく、酸化物系はイオン伝導度と電極密着の問題を抱えている。量産コストの低減も、実用化の鍵を握る課題のひとつとして現在進行形で取り組まれている。


全固体電池市場の未来:2045年に8兆円超へ

全固体電池の潜在力への期待は、市場規模の予測に如実に表れている。

富士経済の調査(2025年1月発表)によれば、全固体電池の世界市場規模は2024年見込みで約1,158億円(前年比4.0倍)。ここ数年で急激な存在感を示してきたことがわかる。そして2045年には8兆7,065億円(2023年比約299倍)に達すると予測されており、次世代電池全体でも同年に10兆2,472億円規模になると見られている。

この爆発的な成長を牽引するとされるのが、2020年代後半に本格化すると予想される「EV向け硫化物系全固体電池の量産」だ。現時点では酸化物系(疑似固体電池を含む)が市場の大半を占めているが、本命と目される硫化物系がEVに搭載されて普及し始めると、市場全体のステージが一気に変わると見込まれている。

数兆円規模の市場を見据えて、素材メーカーから自動車メーカー、スタートアップまで、世界中のプレーヤーが今まさに布陣を整えている。

参考:富士経済「全固体電池・ナトリウムイオン二次電池の世界市場調査結果」(2025年1月)


産業現場から始まった実用化の波:スバル大泉工場の先進事例

「全固体電池はEVにはまだ早い」——そう感じている人もいるかもしれない。ただ実は、製造現場という別の場所では、すでに静かに実用化が進んでいる。

2025年8月、SUBARU(スバル)の群馬製作所大泉工場(群馬県大泉町)で、産業用ロボットとPLC(プログラマブルロジックコントローラー)への全固体電池搭載のテスト運用が始まった。採用されたのはマクセルのセラミックパッケージ型全固体電池「PSB401010H」を組み込んだ電源モジュールだ。

工場の産業用ロボットは、メモリ保護のためのバックアップ電源として一次電池(充電できない使い切り型)を長く使ってきた。これは1〜2年ごとの交換が必要で、使用済み電池は産業廃棄物として排出されてきた。全固体電池の導入により、それが10年以上交換不要になるという。

電池交換の工数とコストが減り、廃棄物も大幅に減少する——工場の外から見ると地味な話に聞こえるかもしれないが、製造現場にとってはじわじわと効いてくる変化だ。EV向け大型電池の実用化に向けた道のりが続く一方で、こうした産業用途での実績の積み重ねが、全固体電池という技術全体の信頼性を底上げしていく。

参考:MONOist「SUBARUが産業用ロボットにマクセル製全固体電池を採用」 / SUBARU公式ニュースリリース


まとめ:「もうすぐ」から「今年、来年」へ変わりつつある時代感

全固体電池は長い間、「将来来る技術」として語られてきた。しかしCES 2026の熱気と、日本メーカー各社のパイロットライン稼働、国内サプライチェーンの整備という現実を見ていると、「もうすぐ」という言葉が「今年、来年」という実感に変わりつつあるように感じる。

日産は2028年度、トヨタは2027〜2028年、ホンダは2020年代後半——それぞれのロードマップが重なる時期に、EVのバッテリーはどう変わっているだろうか。冬の寒さも、充電の待ち時間も、発火への漠然とした不安も、一気に解消される日が訪れるかもしれない。少なくとも、その可能性は以前より格段にリアルになっている。

全固体電池の実用化競争は、今まさに佳境を迎えている。EVの購入を検討している人も、すでにEVオーナーの人も、この技術の行方を注目しておいて損はないはずだ。


この記事は執筆時点で得られた情報に基づいています。内容は正確性に配慮していますが、正確性を保証するものではありません。実際の最新の情報は別途ご自身でご確認ください。


投稿者 koki